ブレヒト×沖縄芝居新作プロジェクト 2023-2025 公演レビュー

  1. ブレヒト×沖縄芝居新作プロジェクト 2023-2025 公演レビュー

Columnコラム

“情緒”の中に生きたブレヒトの精神——沖縄芝居『花染小の美ら姉』

2025年12月、那覇文化芸術劇場なはーとで初演された『花染小の美ら姉』(作・演出:嘉数道彦)は、同劇場が足掛け3年にわたり取り組んだ、ブレヒトの『ゼチュアンの善人』を沖縄芝居として創作上演する企画の集大成だった。
 
原作は現代社会において「善人」として生きることの限界を問う寓意劇。「善人が生きられる社会か」を確かめるため街を訪れた神々に宿を貸した娼婦のシェン・タは褒美の金でタバコ屋を開くが、彼女の善意に漬け込む人々にたかられ、追い詰められ、冷酷な従兄弟シュイ・タという分身をつくり出す——。
  • 2024年2月17日/リーディング試演会『ゼチュアンの善人』撮影:久高友昭

  • 2024年2月17日/リーディング試演会『ゼチュアンの善人』撮影:久高友昭

現代劇のリーディング『ゼチュアンの善人』(構成・演出:新井章仁/翻訳:林立騎、24年2月)朗読劇版『花染小の美ら姉』(作・演出:嘉数道彦、25年3月)に続いて上演された本作も、筋書きはほぼ原作に沿っている。ただし主人公は尾類(遊女)のカミー小に、神々への報告と語り部を担う水売りは霊媒師のユタアンマーに、そして失業中の飛行機乗りとの恋愛は没落士族・松金との身分違いの恋に置き換えられ、沖縄の風土と人心により近しいものとなっていた。
  • 2025年3月9日/朗読劇『花染小の美ら姉』撮影:大城洋平

  • 2025年3月9日/朗読劇『花染小の美ら姉』撮影:大城洋平

また、何よりこの嘉数版『ゼチュアンの善人』を特徴づけたのは、ブレヒトが提示した「善(悪)」をめぐる物語を、ウチナーグチで「美しい」「清らか」を意味する「美ら」と読み替えたことだろう。劇中で紐解かれる社会構造の厳しさ、人間のさもしさはブレヒトの描いた世界と大きく変わらない。だがこのずらしによって、社会や人間に注がれる眼差しは、より曖昧でおおらかなものになった。神々は、序幕では美しく暮らすとはどういうことかを議論し、やがて夜空の星の美しさと寂しさに触れつつカミー小の恋愛を憂い、しまいには全てを失った彼女を前に口々に「分かやびらん……」と言って去る。「美ら」の基準について最初から最後まで答えを持たない、そのことを隠さない態度は、原作で描かれた(キリスト教の)教条主義的で偽善的な神の姿とはいくぶん異なっている。カミー小が飼う山羊がしばしば登場していななき、さりげなく物語の展開に関わるのも、人間−神という関係のみに囚われない視野の表れだろう。
  • 2025年12月14日/沖縄芝居『花染小の美ら姉』撮影:大城洋平

  • 2025年12月14日/沖縄芝居『花染小の美ら姉』撮影:大城洋平

さらに終幕では、原作にはない登場人物たちのその後を伝える場面が組み入れられた。カミー小は、客であった青年の妻となり、山羊と共に糸満に移っている。大劇場の舞台上に、階級や仕事、住む場所ごとに分かれ、同時に展開される皆の暮らしの風景は、序幕で神々が「美らさいびーん」と愛でた眺めと一見変わるところがなく、活気さえ感じさせる。だがよく見れば、カミー小は変わらず最下層にいて以前に増して働かされており、彼女を騙した松金は母、妻と共に上段に立って、子を抱いているのだ。報われない生をどう過ごすか、美しく生きることはいかに難しいことか——。賑やかに鳴り続ける音楽の中、人々がおもむろに背後を向くところで幕は下りる。

エピローグ 2025年12月14日/沖縄芝居『花染小の美ら姉』撮影:大城洋平


前述した世界観の広がりに加え、手練れた俳優たちの芝居、巧みな歌や踊りは、本作に沖縄芝居ならではの情緒をもたらした。もちろんそれはブレヒト的な手法、志向とは異なる芝居の作り方だ。だが幕切れには確かに、現実社会の不条理に切り込むブレヒトらしい批判精神が宿った。ブレヒト劇を沖縄芝居として上演するという難題を、嘉数をはじめとする創作チームは、ただ単に時代や場所を置き換えるのではない読み替えと、揺るぎない身体性、音楽性によって乗り越えた。それはまた、ブレヒト劇の上演の、新たな切り口を示す快作ともなっていた。

鈴木理映子(スズキ・リエコ)

編集者、ライター。演劇情報誌「シアターガイド」編集部を経て、2009年よりフリーランスとして、舞台芸術関連の原稿執筆や公演プログラムなどの冊子、書籍の編集を手がける。青山学院大学総合文化政策学部附置青山コミュニティ・ラボ(ACL)にて、過去の劇評掲載データを集積した「ACL 現代演劇批評アーカイブ」(https://acl-ctca.net)を開設・運営(2014〜)。成蹊大学文学部芸術文化行政コース非常勤講師。【共著】「アートによる共生社会は持続可能か——「現代版組踊」を例に」(成蹊大学人文叢書『アートによる共生社会を目指して』風間書房)、「漫画と演劇」(『演劇とメディアの二十世紀』森話社)、「宝塚風ミュージカル劇団のオリジナリティ」(『地域市民演劇の現在』)【監修】『日本の演劇 公演と劇評目録1980〜2018年』(日外アソシエーツ)など。
 

公演情報

2024年2月17日ブレヒト×沖縄芝居新作プロジェクト2023-2025 リーディング試演会『ゼチュアンの善人』@なはーと小劇場
2025年3月9日ブレヒト×沖縄芝居新作プロジェクト 2023-2025 朗読劇『花染小の美ら姉』@なはーと小劇場
2025年12月14日ブレヒト×沖縄芝居新作プロジェクト 2023-2025 沖縄芝居『花染小の美ら姉』@なはーと大劇場

 

最終更新日:2026.01.21

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